カバー曲のCD制作における編曲権処理について

ちょっと前になりますが、弁理士会主催の「音楽著作権ビジネスの課題と現状」という研修を受けてきました。講師は安藤和宏氏です。安藤氏と言えば『よくわかる音楽著作権ビジネス』等の音楽業界の実務経験に基づいた書籍を数多く著しておりこの分野では第一人者です。法律の世界と実務の世界は必ずしも完全に一致しているわけではない(特に音楽業界には業界の掟的な教科書に書いてない要素が多いと思います)ので、実務経験豊富な専門家の話を聞ける機会は貴重です。そういうこともあってか会場はかなりの満員でした。

お話の内容は(こちらの期待どおり)法律解釈な話よりも現場の実務が中心で大変興味深く聞けました。ただ、たとえば「最近はレコーディングの予算が削られて最後までPROTOOLSのみでトラックを仕上げるケースも増えており、CDの音の厚みがなくなっている」なんて話は個人的には興味深く聞けたのですが、他の弁理士先生にとってはイメージ沸きにくい話であったような気もします。(余談ですが、それでも比較的レコーディングにお金をかけられるジャンルもあって、それはジャズとクラシックであるそうです。理由は、これらのジャンルで音が悪いとオーディオ・マニアから(音楽マニアではない)からクレームが来るからだそうであります。)

さて、最後の質問コーナーで、かねてから聞きたかった質問をすることができました。それは「カバー曲をCD化する時に翻案権の許諾を著作権者から直接もらっているのか?」という質問であります。

安藤氏の答を書く前に、私がこの質問をした意図について書いておきます。

一般的な音楽著作物は著作者(作曲家、作詞家)がJASRACに著作権を信託譲渡して管理してもらっています。これにより、利用する側は直接的・間接的を問わずJASRACに規定の料金さえ支払えば、JASRAC管理の音楽著作物を利用できるわけです。

しかし、JASRACは著作権法27条の翻案権(音楽の場合は編曲権に相当)は管理していません。したがって、他人の曲を編曲して使用する場合には、JASRACに利用料を払うだけでは足りず権利者(典型的には作曲家が契約している音楽出版社)から翻案権の許諾を得る必要があります。さらに言えば、著作者人格権のひとつである同一性保持権(著作権法20条)の問題もあるので、厳密に言えば、著作者(作曲家本人)に同一性保持権を行使しない意図を確認する必要もあります。

作曲家が書いた譜面通りに弾くことが基本のクラシックの世界とは異なり、ポップ・ミュージックではカバー曲にアレンジを加えるのは当然です。かと言って他人の曲をちょっとでもアレンジして使うたびにJASRACに加えて著作権者と著作者から許可をもらっていたら結構大変です。

ということで、JASRAC管理曲の翻案権に関して法律を厳密に守っているのか、それとも暗黙の了解でやっているのかというのが質問のポイントです。

さて、この質問に対する安藤氏の答は私のほぼ予想通りで「昔はしていなかったが、大地讃頌の件があって以来、翻案権の許諾を取ることが多くなった。ただ現在でもすべてのケースでしているわけではない。私が相談を求められてたなら音楽出版者(=著作権者)に許可を取ることをお勧めしている」とのことでした(同一性保持権についても聞いておくべきでしたが聞き忘れてしまいました)。

大地讃頌事件というのはご存じの方も多いと思いますが、合唱曲でおなじみの大地讃頌という曲をPe’Z(ペズ)というジャズバンド(ミクスチャーと言った方がよいかも)がカバーしたCDに、作曲者の佐藤眞氏が編曲権と同一性保持権侵害に基づき販売停止を求めて訴えた事件です(参照Wikipediaエントリー)。レコード会社側はCDの出荷停止・回収により和解しました。法廷の場に出るまでもなく和解で終わってしまったので判例集や法学書にはあまり書いてないと思います。

私も、Pe’Zの問題となった大地讃頌の録音を聞いたことはありますが、別に作曲者の名誉を毀損するような演奏ではまったくありません。ただ、ジャズ系の音楽の一形式としてわざと「素朴」に演奏しているスタイルなので、クラシック系の作曲家であればちょっとお気に召さないかもしれません。そして、日本の著作権法では、客観的には名誉の毀損にあたらなさそうなパターンでも著作者の「意に反して」いれば同一性保持権の侵害を主張できてしまいます。とは言え、素材を解体して演奏者の解釈を加えて別の作品へと昇華させていくのがジャズという音楽の本質だと思うので、そこで同一性保持権などを持ち出されると困ってしまいますね(それを言うなら日本中のジャズクラブでは毎日のように同一性保持権が侵害されています)。

一般論になりますが、法律の規定と現状に乖離がある場合、「まあ、別に実害が生じているわけではないのだからいいんじゃない」みたいな姿勢でほっておくと、突然に権利行使をする人が出てきたりして問題になるリスクがありますが、まさにそのような例だと思います。最近問題になった自炊代行サービスなんかもそのようなケースと言えるかもしれません。

いずれにせよ、たとえば、ボーカロイドのカバー曲CD等の販売を考えている方(特に大胆なアレンジを行なう場合)は安全のために音楽出版社の許可はもらっておいた方がよいのではないかと思います。

カテゴリー: メディア, 著作権 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です